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自由になってぶっ飛んだらええねん!! / 古賀和憲 - 2008-02-21 00:52:34

08/02/20/水/ええ天気
朝から学校。今週で今期の授業は全て終了する。
今日は2年生のベーシックギターという授業。
普段はスケールがどうのこうの、
コードがどうのこうの、
テンションがどうの....
と、
割りとややこし目の内容をやる授業だ。
しかし、今日は以前からクラス全員で合作していた曲の録音作業をした。
通常、作曲する時に留意すると考えられる事柄を全て無視して、それぞれが好き勝手に作った曲を好き勝手に組み合わせてみた(笑)
それぞれの個性溢れるというか、無法地帯というか・・・ヘビメタあり、変拍子あり、ボサノバあり、ハードロックあり、ファンクあり、音頭あり・・・
とにかく、全く一貫性のないプログレッシブ・・・と言うか組曲というか・・・そりゃもうドンガラガッシャン〜〜な名曲が完成した。
鬼の様な恐ろしい、地獄絵図を思わせる曲。
その名を「ONI SONG」と名付けた。(私が名付け親)
各自、自分が作曲した部分を弾いて録音しました。
あ!!打ち込みは森本君。
本当にご苦労さまでした!!
ちなみに、こんな変態な組曲で、私はBassを弾かされました。
最後の最後の授業で学生から「今までの恨み!!」と言わんばかりにいびられた気分でした。(爆笑)
この1年間。ベーシックギターの授業では、ソレこそ「セオリー」、「読譜」、「リズムアレンジ」、「アナライズ」、「インプロビゼーション」、云々・・・と、学生にとっては肩がこりそうな内容をやってきた。
様々な「知識、技術」を身につける事で、Playerは幅広い対応が可能になる・・・・
しかし、一方で、「知識、技術」は「常套句、常識、」という足枷となってPlayerの独創性、創造性を乏しいものにしてしまう危険性がある・・・・
不用意に「知識、技術」と詰め込むのは考え物だ。
「知識、技術」は音楽を表現する為に使うただの「道具」。
道具がなければ、家が建てられないのと同じで、「知識、技術」がないと音楽を表現するのは難しい。
けど、あれもこれも「道具」を両手一杯に抱えていたままでは家を建てる事はできない。
「知識、技術」を沢山身につけるのは案外、容易な事だと思う。
それをスリムにそぎ落とし必要最低限の道具で自分の脳内の「絵」をいかに最大限に表現するか・・・これは容易な事ではない。
けど、ソレが音楽を「創造する」と言う事なのでは?・・・と生意気にも思ってみたりする>_<;
自分はまだまだ、全く音楽を「創造」できていない。。。
自分も一生、ソレに悩み苦しんでいくのでしょう。
「Blues」という音楽の形態がある。
たった3つの7thコードで構成された12小節の楽曲形態。
実に奇妙で理解に苦しむコード進行だ。
そして、コードトーンから半音近く外れた奇妙なメロディーを多用する。実に理解に苦しむ。
しかし、実に格好良いコード進行、メロディーだ。自分は大好きだ。
だから、理解しなくて良いし、理解できる訳もないし、そもそも理解する必要がないし、理解しようなどという事自体が無意味だ。
人間は何かに付けて「理解」したがるし、何かと「理由付け」したがる。
音楽は楽しむ、感じる為に「奏でる」、「聞く」のだから、理解する必要などないのでは?・・・などと言ってみる^0^;
こんな自分が、恐れ多くも人にGtを「教える」などという大それた事をしている。
教えれば教えるほど、彼ら彼女らの足に「知識、技術」という「足枷(あしかせ)」をせっせと取り付けていっているような気になる時がある。。。。
私は自分自身でまとった「足枷」でがんじがらめでもがいています。
いつか、自由になりたいから、これからもしぶとくもがいて行きたいと思います。
2年生はもうすぐ卒業。ボクが教えた事は全て「足枷」です。
これから、ガッツンガッツンと「足枷」をぶった切って、頑張って欲しいものです。
Gtには弦は6本張らなくても良いですよ!
チューニングはお好みで!
足で弾くとか。。。。
逆さまにして弾くとか。。。。
水中で弾くとか。。。。
レンジで”チン”してみるとか。。。。
そしていつか、「Blues」みたいに、理解不能で独創的でカッコええ音楽を創造して、自由になってぶっ飛んで、マイルスやジミヘンみたいな「奇人」になる事を期待しています。
って・・・人に言う前に、自分がぶっ飛んでいけるようにならねば・・・(^−^;)
朝から学校。今週で今期の授業は全て終了する。
今日は2年生のベーシックギターという授業。
普段はスケールがどうのこうの、
コードがどうのこうの、
テンションがどうの....
と、
割りとややこし目の内容をやる授業だ。
しかし、今日は以前からクラス全員で合作していた曲の録音作業をした。
通常、作曲する時に留意すると考えられる事柄を全て無視して、それぞれが好き勝手に作った曲を好き勝手に組み合わせてみた(笑)
それぞれの個性溢れるというか、無法地帯というか・・・ヘビメタあり、変拍子あり、ボサノバあり、ハードロックあり、ファンクあり、音頭あり・・・
とにかく、全く一貫性のないプログレッシブ・・・と言うか組曲というか・・・そりゃもうドンガラガッシャン〜〜な名曲が完成した。
鬼の様な恐ろしい、地獄絵図を思わせる曲。
その名を「ONI SONG」と名付けた。(私が名付け親)
各自、自分が作曲した部分を弾いて録音しました。
あ!!打ち込みは森本君。
本当にご苦労さまでした!!
ちなみに、こんな変態な組曲で、私はBassを弾かされました。
最後の最後の授業で学生から「今までの恨み!!」と言わんばかりにいびられた気分でした。(爆笑)
この1年間。ベーシックギターの授業では、ソレこそ「セオリー」、「読譜」、「リズムアレンジ」、「アナライズ」、「インプロビゼーション」、云々・・・と、学生にとっては肩がこりそうな内容をやってきた。
様々な「知識、技術」を身につける事で、Playerは幅広い対応が可能になる・・・・
しかし、一方で、「知識、技術」は「常套句、常識、」という足枷となってPlayerの独創性、創造性を乏しいものにしてしまう危険性がある・・・・
不用意に「知識、技術」と詰め込むのは考え物だ。
「知識、技術」は音楽を表現する為に使うただの「道具」。
道具がなければ、家が建てられないのと同じで、「知識、技術」がないと音楽を表現するのは難しい。
けど、あれもこれも「道具」を両手一杯に抱えていたままでは家を建てる事はできない。
「知識、技術」を沢山身につけるのは案外、容易な事だと思う。
それをスリムにそぎ落とし必要最低限の道具で自分の脳内の「絵」をいかに最大限に表現するか・・・これは容易な事ではない。
けど、ソレが音楽を「創造する」と言う事なのでは?・・・と生意気にも思ってみたりする>_<;
自分はまだまだ、全く音楽を「創造」できていない。。。
自分も一生、ソレに悩み苦しんでいくのでしょう。
「Blues」という音楽の形態がある。
たった3つの7thコードで構成された12小節の楽曲形態。
実に奇妙で理解に苦しむコード進行だ。
そして、コードトーンから半音近く外れた奇妙なメロディーを多用する。実に理解に苦しむ。
しかし、実に格好良いコード進行、メロディーだ。自分は大好きだ。
だから、理解しなくて良いし、理解できる訳もないし、そもそも理解する必要がないし、理解しようなどという事自体が無意味だ。
人間は何かに付けて「理解」したがるし、何かと「理由付け」したがる。
音楽は楽しむ、感じる為に「奏でる」、「聞く」のだから、理解する必要などないのでは?・・・などと言ってみる^0^;
こんな自分が、恐れ多くも人にGtを「教える」などという大それた事をしている。
教えれば教えるほど、彼ら彼女らの足に「知識、技術」という「足枷(あしかせ)」をせっせと取り付けていっているような気になる時がある。。。。
私は自分自身でまとった「足枷」でがんじがらめでもがいています。
いつか、自由になりたいから、これからもしぶとくもがいて行きたいと思います。
2年生はもうすぐ卒業。ボクが教えた事は全て「足枷」です。
これから、ガッツンガッツンと「足枷」をぶった切って、頑張って欲しいものです。
Gtには弦は6本張らなくても良いですよ!
チューニングはお好みで!
足で弾くとか。。。。
逆さまにして弾くとか。。。。
水中で弾くとか。。。。
レンジで”チン”してみるとか。。。。
そしていつか、「Blues」みたいに、理解不能で独創的でカッコええ音楽を創造して、自由になってぶっ飛んで、マイルスやジミヘンみたいな「奇人」になる事を期待しています。
って・・・人に言う前に、自分がぶっ飛んでいけるようにならねば・・・(^−^;)
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